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ただ待つだけ

※前回の日記は感情のままに書きなぐったものだったのですが、辺境ブログとはいえ公の場に長く置いておくものでもないかなと思ったので削除しました。
 コメントをいただいた方、本当にありがとうございます。いつも温かい言葉をいただき、救われています。今回いただいたコメントも何度も読み返しました。本当に理解するには、時間がかかりそうです。

 もう普通に生活なんかできない。ごはんを食べたり、笑ったり、会社に行ったりなんかできない。先週までは本気でそう思っていた。
 けれど、あの日から10日が過ぎたいま、わたしは相変わらず普通に生きている。少なくとも表面上は。
 人間はたくましいし、したたかだ。あきれるほどに。
 わたしの体は、わたしの命を存続させるために、空腹を訴え、睡眠をとらせ、自転車をこがせて会社に向かわせる。

 気を抜いたらすぐさま胸の中に流れ込んでくる苦しさが、不思議なことに仕事をしている間だけは薄れる。だから、ここ10日間は昼休みもおにぎりを片手にパソコンに向かっている。意識の向ける先を、A4サイズの画面内に必死で収めて、キーボードを叩いたり、マウスを動かしたりして時間をつぶす。おかげで毎日定時に退社できている。

 逆に、苦しさが溢れてたまらないのが、自転車での通勤時間だ。ペダルをひと漕ぎするたびに、後悔、悲しみ、記憶の断片が重く背中に圧し掛かる。自転車なんて放り出して、その場に座り込んでしまいたくなる。やっとのことで会社にたどり着いたわたしの顔は、きっとひどいものだろう。

 先週、今月いっぱいで会社をやめる後輩と、送別会代わりに呑んだ。残業続きのうえ、どうしても思うようにいかない仕事にほとほと疲れたらしい。周りの人々は口々に「もったいない」と後輩を諭した。せっかくここまでやってきたんだし、この時代簡単に再就職なんかできないよ、と。

「でも、もう決めたんです」

 きっぱりと答える後輩の言葉に、わたしは全力で頷いた。

 疲れたのならしょうがない。少し休憩して、また働きたくなったら働けばいいよ。仕事なんてやめたっていい。苦しい思いをして、体を壊してまでやらなくたっていい。いつだって、やり直せるんだから。 

「死ぬより、よっぽどマシだ」

 この言葉は言わずに、飲み込んだ。

 代わりに、「海外でもふらっと放浪してきたら?」と冗談めかして言うと、後輩は「それいいっすねえ」と笑った。それはもう、すがすがしい顔で。

 先週末は、家に例のフランス人が来てくれた。

 夫と一緒に食事の準備をして迎えた。彼は野菜も魚も嫌いなので、鶏の赤ワイン煮とじゃがいものグラタンとパンとチーズと生ハムという炭水化物とたんぱく質だらけのメニュー。彼の好きなウォッカも用意した。きっとろくに食事をとっていないだろう彼に、すこしでもたくさん食べて欲しかったのだ。

 案の定、彼はこの10日で4kg痩せたと言った。たしかに顔がひとまわり小さくなっている。わたしはなにも答えられず、ただテーブルにたくさんの料理を並べた。

 食事をしながら、彼はたくさん喋った。彼女と出会ったときのこと。彼女の好きだったこと。彼女と一緒に食べたもの。彼女と一緒に行った場所。ほとんど間を空けず、彼は「彼女」を語り続けた。体の中にみっちりとつまった記憶が、口を通して次々にあふれ出してくるようだった。

 相槌を打ちながら、わたしたちはそれを聞いた。

 幸福としか言いようのないクリスマスの出来事を聞いたとき、ついに夫が泣き出した。わたしも、こらえきれずに嗚咽した。どうしてこんなことに。やりきれない思いが胸につかえて、それを吐き出すために、声を出して泣いた。

 彼は、泣かなかった。

 涙を流すわたしたちの横で、なおも彼女のことを語り続けた。彼は、唇に笑みを浮かべていた。幸福だった日々の中にまだいるような、穏やかな笑みだった。それでも、彼の顔は、どうしようもなく悲しかった。わたしはそれを見て、さらに泣いた。

 彼女が死んでから、わたしはずっとわたしのために泣いていた。彼女を失ったわたしの苦しさ、つらさのために泣いていた。けれど、このとき初めて、自分以外の誰かのことを思って泣いたのだった。言い方は悪いけれど、彼の悲しみに「同情」して涙する自分がいた。

 そうすると、不思議なことに、すこし悲しみの質が変化した気がした。どうしてだろう。彼女の死が、ほんのちょっと、遠いものになった。現実的で客観的で画一的なものに、一歩近づいたように感じた。

 こんなふうに、わたしは彼女の死からだんだん離れていくのだろうか。自分の苦しみから逃れていくのだろうか。それは許されないずるいことのようにも、安心することのようにも思えた。

 彼は、10日前彼女がそうしたのと同じように、駅で何度も振り返り、手を振りながら帰っていった。

 10日間でわかったのは、わたしにはなにもできない、ということだけだ。

 彼のためや、彼女のご両親に対してはもちろん、自分の感情のあり方すら操ることができない。不安定に揺れるまま、ただ待つだけ。時間をやり過ごすだけ。彼女の冥福を祈ることもできない。生前の気持ちを推し量ることもできない。記憶を思い出に変えることもできない。彼女の分まで幸せに生きよう、なんてとても思えない。ただ、待つだけ。死ぬときがくるまで。

 

 

 

 

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コメント

辛そうですね。
コメントを書くことができずに時間が経ってしまいました。

窓を開けたとき、空を見上げたとき、風が吹いたとき、
その場にしゃがみ込んでしまいたくなるのでしょう。
明かりを消したとき、横になったとき、目をつぶったとき、
声にならない声が漏れるのでしょう。

忘れることは許されないはずなのに、自分がそこから離れていく。
笑うのは、ときとして泣くより辛い。
でもそれは決して罪ではありません。

『何かもっとよい未来があるにちがいない。
さもなければ夕焼けがこんなに美しいはずはない』
ヨハン・ペーター・へーベル

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