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2010年10月

わたしくらい思い通りでもいいのに

 今日も大阪は雨。

 ざあっと降ってはすこし止み、過ぎ去ったと思えばまた降り出す、という落ち着きのない空だった。

 例によって自転車で出かけたのだが、風が強くてまいった。会社に着くまでに三回傘が裏返り、そのたび降りて直すものだから、いつもの倍を走った気分だった。裏返った傘って、とってもまぬけですよね。それを差しながらふらふら蛇行するわたしも情けない姿だったろうなあ。

 今週末には、なんと台風がくるらしい。そのことを別の地方のひとに告げると「大阪は、季節が一か月遅れてやってくるの?」と訊かれた。そうかもね、と適当に流したけれど、実際時間軸が捻じ曲がっているのかもしれない。

 んなわけないじゃん。

 週末は、IKEAに買い物に行って、そのあと後輩のライブに出向くつもりにしているが、もしかしたら両方叶わなくなるかも。どちらも楽しみにしていたのに、ざんねんだ。気合でなんとかできないかしら。「ふんっ」と手を振り回して、台風の進行方向を力づくで曲げる妄想をしている。

***

 話があちこちに飛ぶけれど、最近また寝つきが悪くなってきた。

 眠気を感じて布団に潜りこんでから、実際に意識が消えるまでがとても長い。

 うつらうつらしては、それを遮るように、頭のなかにぽつんとなにかが浮かぶ。それは、ひとつの単語だったり、ひとかけらの映像だったり、どちらとも言えないようなかすかな気配のときもある。

 どこからやってきたのか、なんのためにやってきたのかさっぱりわからない。

 そのなにがしかは、眠りの世界からぐいっとわたしを引っ張り上げて、なんとか覚醒させようとする。寝たら死ぬぞと言わんばかりだ。余計なお節介より、安らかに死なせてくれと言いたくなる。

 昨夜も結局三時間ほどしか寝られず、今朝はどんよりとした頭で目覚めた。遭難して生き延びたひとは、そう爽快でもないのかもしれないと思う。

 寝たいのに眠れない、とか、考えたくないのに脳に思念が浮かぶ、とか、どうしてなんでしょうかね。自分の身体なのに、自分でコントロールできないのは、一体なぜなんでしょう。わたしの肉体はわたしの持ち物じゃないのかな。世の中思い通りにならないことばかりなのだから、わたしくらいは言うこと聞いてくれたっていいのにね。

 なんていう愚痴を愚痴愚痴いってたら、今夜も眠りを逃しそうだ。

 

  

ここ一か月の赤いものと黒いもの

 夏休みどころか、もう秋すら終わろうとしている。

 そろそろ更新したいと思いつつ、なんとなく気が乗らなくて、またもや放置してしまっていた。一日いちにちは長く感じるのに、振り返ると、ひと月なんてすぐに過ぎている。時間の流れの法則を、わたしはまだうまく掴めていない。

 季節は確実に冬に向かって進んでいて、だんだん肌が乾燥してゆくのがわかる今日この頃だけど、日々わたしがやることに、そう変わりはない。相変わらず、毎日同じ時間に仕事に行き、夜は酒を呑んで、すこし小説を書いたり読んだりして過ごしている。(このフレーズはこのブログに何度登場してるだろう……)

***

  最近自転車通勤を始めた。といっても、マンションから会社まで十五分足らず、たいした距離じゃない。けれど、会社に着くころには、よい具合に体があたたかくなり、適度な運動になっている気がする。この季節は、空気の柔らかさもちょうどいい。夏のようにぐにゃりとしていないし、冬のようにするどくない。ブレーキをかけずに坂をくだると、さわさわと顔にあたる風が心地よい。ただそれだけで、すこし得した気持ちになる。今日みたいに雨の日は、眼鏡が曇ってうっとうしいけれど。
 自転車は赤い色にした。ふだんなら、鮮やかすぎてあまり選ばない色。年を取ると、無意識に明るいものに近づきたくなるんだろうか。それとも、今のわたしは変化が欲しいのだろうか。なにわともあれ、とても気に入っている。

***

 先週末、喪服を買った。久しぶりにもとめる服が黒いワンピースだということに、気が塞いだ。例年であれば嬉々として秋服を揃える時期なのに。
 ここ数年で、いくどか通夜や葬式に出向く機会があった。その都度、わたしは、その場に居る自分を持て余している。
 100%悲しみに入り込むこともできず、100%傍観者であることもできず、涙にくれる人々のなかで途方に暮れるのだ。のっぺりとしたスクリーンに映された映像を、ひとり外側から眺めている気分を味わいながら。それは故人がとても親しい知人や身内であっても、変わらない。
 わたしは、本来人間が持つべきであるなにかしらの感覚が鈍いんじゃないだろうかと、ときおり不安になる。けして悲しくないわけじゃない。無念さがないわけじゃない。だから、わたしはいつも自分の心の奥にある悲しみに意識を集中させようとする。悲しみを増幅させて、それに身を浸そうとする。すこしでも気を抜くと、即座に入り込んでこようとする冷たい傍観者の目から逃れるために。
 それはうまくゆくときもあるが、たいていはしくじる。いずれにせよ、式が終わる頃には、わたしはどっと疲れている。強い自己嫌悪とやりきれなさを持って、帰路につくことになる。
 このたびも、そうだった。買ったばかりの暗い色の服と靴で身を隠すように、泣き崩れる輪から抜け出した。
 涙にならなかった感情は、いまだにぐじゅぐじゅと心にへばりついている。

***

 ひさしぶりに書く日記だからと爽やかを意識して書き始めたはずが、どうにも暗いものになってしまった。見てくれている人、ごめんなさい。
 けれどまあ、心の動きを書き残すことが目的の日記なので大目に見ていただけると幸い。

 お口直しに、フィンランドで見つけた可愛い鳥さんを載っけとこう。

R0013426_edited1  鳥が好きです。わたしの部屋は、カーテンも布団カバーも間接照明もバスマットも、鳥モチーフのものだらけ。

 ではおやすみなさい。

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