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無力な祈り

 朝から気が塞いでいる。

 原因はわかっている。出勤前に見たニュースがきっかけで、普段心の奥に埋もれている感情が湧き出でてしまったのだ。
 かさぶたはとうに乾いていたから油断していた。薄皮の内には、いまだじゅくじゅくと爛れた膿が残っていることを思い知る。

 考えてみれば、あれからもうすぐ一年が経つ。
 まだ、一年なのか。もう、一年なのか。
 抱える人によって感覚は違うのだろう。私には、自分がどちらに近いのかよくわからない。

 彼女の断片は思わぬところに散らばっていて、それを見つける度、私は一瞬呼吸を忘れる。
 不思議なことに、どの欠片もきらきらと光を放ちながら、視界をかすめてゆくのだ。その光に目をこらすと、すぐさま脳が彼女の笑顔をかたちづくる。それはもう鮮明に。鮮明すぎて、輝きすぎて、とてもつらい。

 ああ、もういないんだな。
 この一年弱で、しばしばそう実感した。
 その時の私の感情を表わすとしたら「不安」というのがたぶん近い。悲しみでも諦めでもない、心許なさ。
 「在った」ものがない。「在るはず」のものがない。そして、それは二度と戻ってはこない。
 この事実は確固たるもののはずなのに、私自身はまったくもって不確定だ。まるで、どこにも手が触れない縦穴の中をふらふら漂っているような気持ち。
 どうしよう、どうしようと、辺りを見渡しながら、上がることも下がることもできずに浮いている。
 もう、どうすることもできないのにね。

 私は、彼女を失くした。それなのに、私の中に彼女は確かに存在している。ともすれば、一年前よりも大きな感触で。
 そしてこれからも、街のあちこちで、記憶のあちこちで、私の心をひっかくんだろう。
 後悔とやるせなさとさみしさと懐かしさと憂鬱さをつれてくるんだろう。ぜんぶが入り混じった、とらえどころのない感情を喚ぶんだろう。

 ひとつだけ実感をもって言えるのは、「もう嫌だ」ということだ。こんな思いは、これ以上ごめんです。
 私の大事な人たちを、こんな形で抱えてゆくことはしたくないのです。

 じゃあ私にはなにができるのか? できないのか? 
 しかし、こう考え出すと、またもや答えがわからなくなる。

 私にできるのは、きっと祈ることだけ。
 どうか間に合いますように。どうか手に届かぬところに行ってしまいませんように。
 
 なんて無力なんだ。 

 
 

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