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桜嫌い

 あーつかれたつかれたつかれた!
 なんだって私はこんなに働かにゃならないんだろう。頭と体を酷使して、時間も費やして、得るものといったらちっぽけな額のお金のみ。一体なにをやってるんだろうと、一日の終わりはひどく虚しい気持ちになる。
 ああもう嫌だ。なんで皆あんなに物わかりが悪いんだろう。なんでも私に聞くな! なんでも私に押しつけるな! ちっとは自分の頭を使え! 思いつきでものを云うな! 誰がそれを実現すると思ってんだ! ああもう全部捨ててやる!

……なんてぶちまけられたらどんなにせいせいするだろう……。

 どうせ私はヘタレだ。結局なんでもかんでも引き受けてえへらえへら笑うしかないんだ。
 だから今日も、溢れんばかりの疲労を抱えて帰路につく。

***

 私の会社のすぐそばには桜の名所があり、この時期はどこか浮ついた空気が流れている。
 夜気のなかで見る桜の花は美しい。それは認める。ついつい携帯を取り出して、カメラを構えてみたりもする。
 けれどこの花が視界に入る季節には碌な思い出がないから、どうにも素直に桜を愛でる気になれない自分がいる。

 一番最悪な思い出は高校最後の春だ。当時交際していた男子とふたりで花見に出かけた。まだ肌寒い公園で並んで座って、私が作ってきたおにぎりを食べた。彼とは別々の進路が決まっていた。けれど、そう距離が離れていたわけではなく、当たり前のように私は未来の話をした。ふたりでいることが前提の未来である。
 来月のあなたの誕生日はどこそこへ行こうね。夏は旅行でもしようね。
 そんな私に彼は言い放った。

「俺は君みたいに頭のいい大学に行く子とは付き合っていけない。別れよう」

 なんでこのタイミングで、と思った。周りには幸せそうな家族連れやカップルがいて、もちろん桜も満開で、こんなに満ち足りた光景の中で、なんでこの人はこんなことを言い出すのだろう。当時の私にはまったくもって理解できなかった。

(せっかくお弁当作ったのに。昨日から準備して、早起きもして一生懸命作ったのに……。)

 なぜかそんなことばかり頭に浮かんだのを覚えている。今思うと的外れな責め方だけれど、完璧なはずの春の一日が、そして完璧だと思っていた彼との将来が、思いも寄らず壊れたことが十八歳の私にはよっぽどショックだったのだろう。まだ将来にいくばくかの信頼を置いていた頃の私。
 他にも嫌な思い出はたくさんある。大学で入った軽音サークルでの花見では、さんざん呑まされたあげく道ばたに放置されたし、社会人一年目に先輩が開いてくれた花見では酔っぱらっていらぬ失態をさらした。昨年バンドメンバーとおこなった花見では携帯電話をなくした。ほら覚えてるだけでこんなにある。
 もちろんいい思い出もあるにはある。好きなひとや気の置けない友人と共に桜の下で楽しいときを過ごした記憶。
 けれど、もうそれは過ぎ去った過去であり、取り戻せない時間であるということ自体が、私に憂鬱な感傷を呼び起こす。
 
 横目で、宴会する人々を眺めながら駅に向かう。
 彼らの赤ら顔や大声を、冷えた心でやり過ごしながら。 

 明日の朝通るこの道は、彼らが残した酒や食い物の残骸で薄ら汚いのだろう。吐瀉物なんかもこびりついているのだろう。

 ああ、やっぱり、桜なんて嫌いだ。

***

 なんか週明け早々暗いな。だめだだめだ。

 そうそう、先週末会った友人に薦められた本がすこぶる面白い。
 内田樹著「ためらいの倫理学」
 哲学者である著者が、軽快な文体で戦争・性・物語について語っている。いや、「語っている」というと語弊があるかもしれない。彼自身は他者に押し付けるような強固な思想を持っているわけではない。逆に、彼がそれらについて「なぜ語らないのか」という理由が本書には書かれている。
 まだ読み始めて間もないのですべてを評することはできないが、彼のスタンスは私によく馴染むようだ。
 彼は、他者が「正しいとみなす意見を表明する姿勢」を肯定する。けれど同時に、他者が「正しいとみなす意見を他者に正しいと強要する姿勢」を肯定しない。他人同士が噛み合わぬことを当然とし、その噛み合わぬさまをそのまま受け入れている。ような気がする。
 世の中の大半は「正解」を究明することがよしとされているけれど、「正解なんてないのが正解」だと常々私は感じている。そういう意味で、彼の、曖昧さを許容した上で、素直に自分がよいと思うもの、嫌だと思うものを表明する態度に共感と好感を持ったのだった。

……なーんちゃって、それらしいことを言ってみたり。

***
 
 明日目が覚めたら世界が一変していないかなあ。いないよなあ……。
 昔よく読んだファンタジーの世界に逃げ込んでしまいたい。
 でもそんなことは不可能だと知っているつまらない大人の私は、自分の物語を作ることに努めます。すなわち、小説を書いてみたりします。

 おやすみ。

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雑感」カテゴリの記事

コメント

>明日目が覚めたら世界が一変していないかなあ。

これ、しょっちゅう思います。そんで目がさめるたびにいつもと同じ天井を見て、ウンザリします。
この世界に馴染めないから物語を作るというのは、小説を書く上での重要な動機のひとつですよね。

それにしても、桜とは縁がないんですねえ……。

哲学書は私も少し読んでいるところなんです。思考の筋力というか、体力というか、そういうものを養いたいんですよね。粘り強く考えるというのは、小説を執筆する上でもぜったい必要なことでしょうから。

>「正解なんてないのが正解」
これはたしかに「正解」なんでしょうけれど、これを主張する資格があるのは、頭の芯が煮えたぎるほどに考え抜いてきた人だけなんだろうなあとも思いました。
「正解なんてないのが正解」と居直って、思考を放棄し、薄っぺらいニヒリズムやお手軽な相対主義に逃げ込まないようにしようと思います。私はそういう傾向があるので……。

あぁー、よかったよー。ほっとした。
あのとき書店にあった数少ない本のなかで、記憶をたどってお薦めしたから、ちょっとかなり心配で気になってたんよね。
(でも直接聞けない。小心者だから。)
「ためらってないで本業の仕事しろ」とか一部で言われてる人だし。(笑)
とりあえず「買わなきゃよかった」と言われなくてよかったー。

調子にのって、私の先生の本とか論文で使った哲学者とか、またいくつかお薦めしてみるから良かったら読んでみてね。
哲学おもしろいよ。
大概の人には引かれてしまうからあんまり熱弁ふるわないように気をつけてきたけど、amiなら面白いと思ってくれるような気がしてた。純粋に嬉しい。
単なる直感やけど、哲学者と物書きって似てると思う。考えずにはいられない、書かずにはいられないところかな。
思考の作法も似てるような。あと、本質から逃げないところ。
(実際、作家であり哲学者っていう人も西洋にいたしね。)

そういえば去年の今頃、amiに貸してもらった『予定日はジミーペイジ』を読んで号泣したなぁ、と思い出したよ。
物語、楽しみにしてるー。

ああ、また夜中になっちゃった。おやすみ。

双葉さん、こんにちは!

今日目覚めたときもやっぱり同じ世界のまんまでした…。仕方ないから生きますけど。

「正解なんてないのが正解」って、これ自体が自己矛盾を孕んでますよね。
安易に書き付けたのが透けて見えたようでお恥ずかしいです。
双葉さんのコメントを読んで、昔大学の哲学概論かなにかで講師が、「答えのない問いに答えを探す不毛かつ切実な営みが哲学だ」ということを言っていたのを思い出しました。
誰もにあてはまる「正しいこと」はないのだろうと思いますが、自分にとっての真実を探り続けることは必要ですね。思考することを捨てないようにしようと思います。

桜は、縁がないというか、嫌な縁があるというか……。
今日も満開の中を通勤してきたんですが、やっぱり花自体は心躍らせる愛らしさがあるなあとは感じました。なんだかくやしいんですけど(笑)
すっごく派手な格好をした女子高生が、ふと立ち止まって桜に見入っている姿を見かけて、少し微笑ましい気持ちになったり。
全国的に今週末頃が一番見頃なんでしょうかね。のんびりお花見でもしたくなりました。

コメントありがとうございました!

nonちゃん、本お薦めしてくれてありがとねー!
おかげで電車の中が有意義です。小説以外の本を読むのはひさびさだったけど、すごく読みやすくて楽しい。
他にもぜひぜひお薦めしてー! nonちゃんの熱い哲学トークが聞きたい。
アマゾンでレヴィナスとか鷲田先生の本とかをいろいろ探してみたけど、どれから手をつけていいのやらという感じだわ^^; 
とりあえず、「レヴィナス入門 (ちくま新書)」 熊野 純彦 から読んでみようかなと思ってます。
哲学者と物書きって確かに通ずるものがあるよね。自分なりの哲学を物語として著すのが作家なんじゃないのかなー。
「書かずにはいられない」「考えずにはいられない」ってのは私にも多分にあるんだけど、早くそれをきちんと形にできるようになりたいなあ。

nonちゃんがくれた「予定日はジミーペイジ」の感想はいまだに保護ってるよ(笑)
物語って、読む時期やその時の心模様で印象が変わるから面白いよね。私、気に入った本は何回も何回も読み返すんやけど、「やっぱこれ好き」と思うときも「こんな魅力があったのか!」と新しい発見があるときもあって、その自分の心の変わりようが興味深いです。
「予定日はジミーペイジ」も今のnonが読み返したらどんな感想を持つんだろうと、ふと思ったのでした。
また近々遊びましょー!

気晴らしにまたブログ始めました―。

http://nana-rindou-tsubaki.blog.so-net.ne.jp/

遊びにきてね。

nanaさん、またブログ始められたんですね。
そのうちお邪魔させていただきますね。

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