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透明になりゆく日々

 気がついたらフロアに独りきりだった。
 そうか、今日はノー残業デーだ。必死になって企画書を書いてるうちに他の社員は皆帰ってしまったようだ。
――あーつかれた。
 誰もいないのを良いことに、声に出してつぶやいてみた。言った途端、体中にじわじわと疲労が広がるのがわかる。急に地球の重力が増したように感じて、体が椅子に沈みこんだ。
 まとわりつく疲労をはねつけるため、あーつかれたつかれたつかれた、と一気に口に出してみる。めいっぱい伸びをしながら言葉を発すると、すこしだけ心が浮上する気がした。よし、やけくそだ、歌ってやれ。でたらめな節をつけて声を上げる。つっかれたつっかれたつっかれたよう。
 静まり返ったフロアに間の抜けた声が響いた。そして、また静寂。
 なんだかむなしくなって、パソコンを閉じて会社を出た。

 今日も大阪は寒い。雨の後の湿った空気が、私の息で白く染まる。
 いつものバーで呑んで帰ろうかな。倦怠感を酔いで紛らわしたくなったけれど、よく考えたら明日から三日連続で呑み会だ。昨日の酒もしぶとく残ってる気がする。ちっぽけな自制が働いて、まっすぐ電車に乗ることにした。
 i-podのイヤフォンを耳につっこみ歩き出す。柔らかい女性ボーカルの声が流れはじめると、周りの景色がたちまち現実味を失った。足早に歩くサラリーマンもコンビニの光も、そして私自身も、彼女のPVのための小道具に変わってゆく感覚を味わう。
 作りものの世界に逃げ込んで、私は私の疲労をやりすごす。

 毎日さ。毎日こうやって、変わり映えのしない一日を送って、疲れを体に染み込ませてさ、そんな風に生きてると、自分がだんだん透明になってゆく気がする。ぺらぺらに引き伸ばされて、空気に溶け込んで、そのまま消えてしまうような気持ちになる。誰の記憶にも残らないまま、ひっそりと。
 そして、その想いはいつも私をひどく心もとない気分にさせる。寒々しい空白が、容赦なくこころに沈殿してゆくのを感じ、身震いがする。

 だから、せめて、ことばを残したい。そう思って文章を書いている。圧倒的な「無」を追い払うためにいま私が持つすべは、それしかないのだ。

 私が消えても、きっと世界はなにも変わらない。けれど、私はそこに爪をたてるのを諦められない。傷を残そうとするあがきをやめられない。たとえそれが、わかるかわからないかというくらいの薄っすらとした模様だとしても。
 いつか透明になって消えゆく私のこころに、どうかその一筋が残りますようにと祈りながら。  

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