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2010年2月

大人になるって素敵なこと。

 中学生の時、淡い恋心を抱いていた男の子がいた。幼稚園時代のまあくんを除けば、たぶんあれは私の初恋だ。

 あの頃、私はとても内気な少女だった。親しくない人と話すときには、すぐ顔が赤くなり、その頬の赤さがさらなる赤面を呼ぶような、まあ、思春期にありがちな自意識の過剰を抱えていた。

 だから、彼と言葉を交わすなんてもってのほかだった。縁なし眼鏡をかけた横顔を盗み見たり、誰かと話すやわらかい声に耳を傾けることが、私にとっての恋だったのだ。

 そんな悠長なことをしているうちに、彼は隣のクラスのSちゃんと交際を始めた。瞳がくりくりと大きく、舌足らずな口調が愛らしい女の子だった。どこからか流れてきた噂でそれを知ったのは、確か中間考査の一日目の朝で、その日の試験はまったく身が入らなかった。皆が鉛筆を走らせる静かな時間の中で、私はこっそり泣いた。印刷された英文が、涙で滲んだのを覚えている。
 私の初恋は、始まる前に終わったのだった。

 *

 数年前、同窓会で彼に再会した。

 偶然同じテーブルについた私は、アルコールが入った勢いもあり、驚くほど流暢に彼と会話を交わしていた。お互いの仕事のこと。共有することのなかったはずの学生時代の思い出話。そして少し前結婚したという彼の奥さんの話。まるでずっとそうして言葉を交わしてきた親しい友のように。

 酔いがまわってぼんやりした頭で、私は思っていた。
――大人になるって素敵だなあ。大人になるって、初恋の人とこうして気安く話せるようになることなんだ。

 「また皆で飲みにでもいこうよ」

 ごく自然に、携帯番号を交換して別れた。彼のシャツは、きちんとアイロンがあてられ、洗剤のいいにおいがした。幸せなんだなと思った。当たり前だけれど、私はもう泣かなかった。

 つい数日前、その彼からメールがきた。あれ以来連絡が来ることもなかったし、番号を交換したことも忘れていた。
 内容は、子どもが生まれたから、その内祝いを私の会社で注文したい、とのこと。そういえば同窓会の時、「社割があるから、もし入用のときは言ってね」と伝えた気がする。

 メールを見て、なぜか笑いが込み上げた。――おお、子どもときたか。

 時間の流れは、すさまじい。 十年前と比べて、正直、自分自身あまり変化している実感がなかった。いつまでも同じようなことでうじうじ悩んで、まったく進歩がないじゃないかと。
 けれど、確実に時間は過ぎているのだ。初恋の人が、自らの子どもを持つくらいには。

 すぐさま「おめでとう」と返信し、依頼された注文手続きをいそいそと行った。

 熨斗に入れる名前からして、生まれた子どもは男の子のようだ。大層な二文字の漢字に、難解なふりがなが振られてるのを見て、彼が中学時代ビジュアル系バンドのファンだったことを思い出す。共通の話題で笑い合うことを夢見て、何度も舌で言葉を転がしていた私の姿も同時に。

 たとえば――。ふと私は思う。たとえば十数年後、彼の息子も、私のような内気な少女に想われることがあるのだろうか。そしてそれにまったく気づかず、他の可愛らしい女の子と恋をしたりするのだろうか。

 あの頃必死に追っていた横顔をたどって、彼に似ているだろう少年を描こうとするけれど、まったく像を結ばない。

 それどころか、彼の顔すらうまく思い出せない自分に気づいて、私はひとり苦笑した。

つれづれ

 昨日真央ちゃんがんばってたなあ。仕事中でTVが見られないから、ヤフーの実況中継ページでテキスト追ってたんですが、もうそれだけで泣きかけたからね。ヤフーの中の人がまたいいこと書くんだ。すごくシンプルだけど情景が見えるようなことば。「浅田の笑顔がはじけている」とかね。
 よかったねえ、がんばったねえと親戚のおばちゃんにでもなった気分で画面に向かっていたのでした。明日のフリーも楽しんで滑ってほしいです。


 昨日は会社のおっちゃん2人と呑みにいった。「ちょっと一杯」がへべれけコースに転換するのはいつものことだ。ハイボールをしこたま煽って、よい気分で帰路につく。このおっちゃん達と呑むと前向きな気持ちになれるから好きだ。愚痴も文句も言うけれど、根底に面白がろうという意識があるから、じめじめと湿らない。部長の物真似をして笑い、下ネタを飛ばして笑い、話題のあまりのくだらなさに笑いながら、結局いつもべろべろに酔っ払う。そして最後には赤い顔で「お前は俺の連れだ、戦友だ!」とか言い出すの。可愛らしいなあ。
 親子ほど年の離れたおっちゃんに同類扱いされるのは、女子としてどうかとは思いますが……。


 友人の影響で、伊藤計劃さんという作家の小説を読んでいる。今まで足を踏み入れたことのない系統のお話。これはなんてジャンルに属するんだろう? SF? けれど、ジャンルなんてどうでもよくなるほどおもしろい。おかげで電車に乗っている時間がとても短く感じるようになった。降りたあとも続きを読み進めたくて、歩きながらページをめくる始末。これを読了したら他の作品も読んでみよう。けれどすべてを読みきってしまうのがひどくもったいない気もする。


 今日はとても暖かい日だった。春の気候。
 春の空気にはうっすらと色がついているような気がする。淡いピンク。吸い込んだ人間のこころにも色移りして、浮かれさせたり、恋をさせたり、道端で露出させたりするのです。
 夏の空気にはぎらぎらと押し付けがましい感触がある。秋の空気には記憶を呼び起こすスイッチがあるし、冬の空気には冷え冷えとした痛い匂いを感じます。私は感傷的な人間なので秋が一番好き。あの季節は、意味なく泣いていても許される気がしませんか。


 今日は嘘を3つ吐きました。

悲しみばかり探しています

このブログでの初短歌。

たまに世慣れたおんなを演じてみたくなる日があるのです。
なりきれてませんが……。

目を閉じて誰のかわからない指の感触楽しむやけばちな夜

キスの味なんてたいしてかわらないあなたのだってこの人のだって

新しい体位を知って君のこと忘れていいと思えた昨日

手を触れた拍子に消えるあやふやな気持ちのままで君と寝ている

寒いからというほかに触れる理由がある気もするし、ない気もしてる

誰と寝てくれても全然かまいません泣かないうらまない消去します

いってもいいかと聞かれてどうぞと答えるおんなだから駄目だった

ドリエルを飲まずに寝ても夢のなか現れないでいてくれますか

暖炉ほどあったかくないし毛布ほど心地よくないのに君といる

泣くことは気持ちがいいと知ってから悲しみばかり探しています


「やけばち」って辞書には載ってないから正規の日本語ではないんですね。初めて知った。
でも「やけっぱち」でも「やけくそ」でも「捨て鉢」でもなく「やけばち」がよかったの。

結局は、面倒くさいということです。

 どうやら、会社のパートさんに嫌われたらしい。なにが彼女の逆鱗に触れたのかわからないが、今週から一切口を聞いてくれなくなった。毎日誘われていたお昼ごはんにも、私には声をかけずそそくさと出向いてゆく。
 これまでは仕事中も嫌になるほど話しかけてきて、その相手をするのも疲れていたところだったので、作業効率の向上につながったのはおおいに結構なのだけど、なんとなくもやっとした気分が残る。
 なにか気に障ることをしたなら謝りたいのだが、まったく心当たりがないから、そのとっかかりもない。事務作業を依頼するのも気が引けて、彼女が帰ってからこそこそとメモを置く始末。
 私は気が弱くて後ろ向きなので、こういう状況に陥ると本当に気が滅入る。嫌いたきゃ嫌えばいいよと突っぱねればいいのだろうけれど、ついつい、自分にはなにか人から嫌われる要素があるんじゃなかろうかとうじうじ悩んでしまうのだ。

 自分とはまったく異なる思考回路を持つ人が、こうしてしばしば起こす気まぐれに、いつまでたっても振り回されている。昨日までにこやかに会話をしていた相手が、今日は突如見知らぬ他人のような顔を見せる。その計り知れなさが恐ろしい。

 このパートさんはきっと感情の起伏が激しい変わった人なのだろうけれど、突き詰めれば、私にとっての他人は彼女とそう変わりがない。いくら近づいたと思っても、ふとしたきっかけで、するすると逃げてゆく得体の知れない存在なのだ。

 だから、数少ない心許せる相手以外には、ある程度の距離を保ちながら付き合うくせがついている。誰のことも嫌いたくないし、失望したくないから、何事も基本的には笑って受け流す。それは、自分自身が傷つきたくないからだ。

 卑屈で冷え冷えとしたその性質は、自分ではうまく隠してるつもりでいるが、周囲には知らず知らずのうちに、漏れ出ているのかもしれない。件の彼女も、そんな私が作る壁を感じ取り、自ら距離を置いたのかもしれない。穿ちすぎかな。

……なーんてことをぐだぐだ考えながら仕事してたらR-1見損ねたやんかー! TVつけたらすでに結果発表やんかー! 自業自得やけど!

 あべこうじおもしろかったんかしら。明日You Tubeあさろうっと。

 

やさぐれ

 ブログ始めたとたん暗い記事かよ……orz

 当分人に教えらんないな。まあいいや。もともとブログを始めたときもそうだった。抱えきれない感情を吐き出す場所をつくることが目的なのだから、これでいいんだ。オナニー記事を書きまくって、それに気持ちよくなったり恥ずかしくなったりすればいいんだ。

 あーあ、なんだかやさぐれた気分。すべてを投げ出したい。

 誰にどう思われたっていい。みんな私から離れていけばいいんだ。どうせ離れていくんなら、それが今だっていいじゃん。好きなんて言わないでよ。好きなんて言わせないでよ。

 酔っ払ってないけど、酔っ払ってるふりをして、なんにも取り繕わずに書き散らかす。

 嘘。

 どうしたって私は自意識を捨てられない。自分の100%なんて見せられない。ここまでなら嫌われないんじゃないかと、つねに誰かの顔色を伺いながら言葉を吐き出している。

 いっそ本当の言葉以外、口に出すことができなくなればいいのに。

 でもそうしたら、私はなにひとつしゃべることができなくなるかもね。あはは。

 だけどね。本当だと思いたい言葉はあるんだよ。疑いたくない言葉があるんだよ。

 なんの曇りもなく、あなたに好きだと言える人間に、私はなりたい。

空虚な言葉

 私は弱い。私はずるい。私はきたない。私はひとりだ。

 それをぜんぶわかっているのに、まだ生きている私は、もしかしたらとても図太い人間なんじゃないだろうか。

 他人にどうしても振り回されてしまう。私を傷つけようとしている人なんてどこにもいないのに。私を惑わそうとしている人なんてどこにもいないのに。

 私は、自分勝手な方法で人の態度を解釈し、ひとりよがりな傷つき方をする。だから、私の失望や憂鬱は、誰にも癒すことができない。私でさえ、できない。心が痛みに慣れて、鈍感になるのをただ待つしかない。

 どろんと湿った感情をどうにか言葉にしたいと思うのに、まったくうまくいかない。言葉は、ずるくて臆病だ。簡単に手に届くように見えて、指を伸ばしたとたんに、するすると逃げてゆく。掴まれてなんてやるものかと悪態をつきながら、それでも残像を残すことは忘れない。卑屈な姿は、まるで私自身のようだ。

 悔しくて、もどかしくて、涙が出る。それがまた、悔しくてもどかしい。涙なんかにしたくないのに。そんなものになって、蒸発してしまうくらいなら、きちんと言葉にして残したいのに。だけど、私の身体は楽な方を選ぶ。目から水分を垂れ流すなんていう芸のないやり方でしか、感情を表せないなんて。そして、そんな陳腐な工程で、きちんと楽になる自分に、裏切られた気持ちがする。

 私は毎日私に失望しながら生きている。

……それなのにさ。自分のことも好きになれないのにさ。

「愛してる」だって。「大事にしたい」だって。「なんでも話してね」だってさ。

 恋人や家族や友人や周囲の人間に私がかける言葉のなんと空虚なことか。自分ですら信用していない言葉を手繰って、人に投げつける。熱を込めれば込めるほど、そして相手が想いを寄せてくれればくれるほど、私はしらじらと冷えてゆく。言葉を駆使すればするほど、私が離れてゆくのがわかる。向かい合うべき相手から。自分自身の心から。

 虚しい。

 こんな虚しいやりとりを作る自分が虚しい。そうしなくちゃいけない世界が虚しい。

 それでも、言葉にすがりつくことを、誰かと一緒にいることを、やめられない私は、きっと救いようがないんだろう。

 私は、弱くて、ずるくて、きたない。

 そして、私はやっぱりひとりだ。

 

 

はじまりはじまり

 4年間続けてきたドリコムブログがサービス終了。

 なにかしら文字を書き付けないと生きていけないので、場当たり的に始めます。

 過去の記事はとりあえず置いといて、新しい気持ちで新しい言葉を書き散らかしてゆきます。

 どうぞよろしく。

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